ジョータローの TGO チャレンジ 2019 : 1-プロローグ

始まり

LOCUS GEARを始めたばかりの2009年後半から2010年初頭ごろ、ヨーロッパのアウトドア・ブロガー達がLOCUS GEARのプロダクツを取り上げてくれるようになったおかげで、ヨーロッパにもカスタマーがジワジワと増えてきたので、ヨーロッパのULハイキングシーンをリサーチしてみた。そこで初めてTGOという言葉を目にしたのだけれど、その頃はさほど気にとめていなかった。しかしその後、SNS上でフォローしている何人かのULハイカー達がTGOのことを話題にしていたりアメリカのアウトドア・ブロガー達の間でも取り上げられていることに気がついた。

TGOとは一体なんなのだろう?ロングトレイルの一つ?何かの競技?しかし、その時もまだ、漠然とした興味をさらに掘り下げるまでには至らなかった。

Glen Etive

グレン・エティーブ。スコットランドでは「グレン」とは峡谷や谷間を意味する。

出会い

2018年の6月、ドイツで開催されていたヨーロッパ最大のアウトドア・ショーを訪れ、ブロガー達がやっているブースに立ち寄り、「Hiking in Finland」のHendrikに再会した際、たまたまそこに居合わせたChris Townsent氏を紹介された。

地元はもとより、イギリス、ヨーロッパや、PCTCDTをはじめとするアメリカのロングトレイルを数多く経験しているベテラン・ロングディスタンス・ウオーカーChris Townsent氏のことは前からSNSを通じて知っていて、フォローしていたのだけれど、その時スコットランドのヒル・ウォーキング事情、そしてTGOのことを直接聞くことができた。

ちょうどその頃、人気TVドラマ「Outlander(アウトランダー)」にハマっていて、スコットランドの美しい自然が非常に気になり始めていたのと、ウイスキー愛好家にとっての聖地とも言えるスコッチ・ウイスキーの蒸溜所も数多くある。これはもう、スコットランドを歩いてみなければいけないな。そんな思いが日を追うごとに強くなり、エントリーを決意した。

Outdoor Show

2018年6月、ドイツのアウトドアショーにて。左からHiking In Finlandを主催するヘンドリックと中央にクリス・タウンゼント氏

outlander

TVシリーズ「アウトランダー」ではスコットランドの歴史や美しい風景が紹介されている。

TGO チャレンジとは?

2019年で40周年を迎えたTGO(TGOThe Great Outdoorの頭文字をとった略語チャレンジは、「The Great Outdoors Magazine」を発行しているKelsey Mediaという出版社をはじめとするスポンサーによってサポートされている。

TGOチャレンジとは、スコットランドの遠隔地を西海岸から東海岸まで歩いて縦断するバックパッキング・アドベンチャーだ。競技ではなく、順位を競うものではない。

TGOの最も大きな特徴は、他のロングトレイルのように決められたトレイルを歩くのではなく、自らルートを設定するところにある。2019年は14箇所のスタート・ポイントが西海岸に、21箇所のフィニッシュ・ポイントが東海岸に設けられた。これらのスタート地点とフィニッシュ地点を結ぶルートを自ら設定し、主催者に申請する。

申請後、主催者サイドにより「The Route-Vetting process(ルート審査プロセス)」が行われ、

  1. 安全性
  2. ルートの精度
  3. チャレンジ・コントロールによって正確に追跡できるかどうか
  4. 当該チャレンジャーの経験に対する適合性

の4項目が評価される。

申請されたルートは正確性をチェックされ、距離または累積標高の数値など、重大な食い違いがあれば指摘される。

審査員は、チャレンジャーが安全かつ楽しくチャレンジを完了することを目的としており、チャレンジャーが遭遇するかもしれない問題に関して、例えば、悪天候時には渡るのが難しいかもしれない川や、風力発電所のような進行中の開発がルートに影響を及ぼすか等、見落としてている、あるいは気づいていないルート上の様々な危険などを指摘してくれる。

また、ルートを提出したチャレンジャーの経験を考慮して、長さや難しさの点で過度であると判断した場合は、アドバイスを与え、通常は代替案が提案される。

ルートが完全に拒否されることは比較的珍しいが、そういうことが起こる可能性もあり、その場合、拒否の理由が示される。代替案に関しては、審査員の知識と経験に基づいたものになるので、受け入れるかどうかはチャレンジャー次第だが、審査員の長年の経験に基づいた助言を受けることは、楽しく安全なルートを設定する上で非常に重要だと思う。

つまり、審査員により審査された結果、問題がなければそのルートは承認されるが、問題点があればその問題点を解決するようルートを見直し、承認を得る、という流れになる。

このルート設定にはかなりの時間を費やし、該当する地域の地図と向き合うことになる。緻密なルートプランニング作業により、自分が歩く予定のルートの概要が頭に入っていき、300km以上にも渡るスコットランド縦断の具体的なイメージが自然とできあがっていく。

tgo_homepage

TGO チャレンジのホームページ

申請、その他TGOチャレンジに関するオフィシャルな情報は全てここに網羅されている。

tgo_route_planning_osmap

OS mapを使ってルートのプランニングを行う。

ルートを設定する際に基本となる地図。ルートを申請する際はこの地図の座標を元にルートシートに書き込む必要があるため、この地図の読み方を習得する必要がある。

tgo_route_planning_google_earth

Google Earthを使ってルートの検証を行う。

OSマップでルートの設定を行う際に、3Dの衛星画像で確認することは非常に重要だと感じた。ルート設定には無くてはならないツールの一つ。

TGO Route Sheet

TGO Route Sheet。このルートシートに自分が設定したルートやキャンプ予定地を詳細に記入しなければならない。記入方法にはルールがあり、地名の他に、OSマップにより導き出される座標を独自の形式で記入しなければならない。このシートの記入方法も慣れが必要だ。最初はかなり面食らう。

必要なスキル

必要なスキル

上記の様なルート設定やTGO事務局とのやりとりには、当然のことながら英語によるコミュニケーションが必須となる。

個人的な見解では、「高校生程度」の英語能力があれば不可能ではないと思う。しかしながら、ゲール語が元になっているスコットランド特有の地名の呼び名や名詞には慣れるまで戸惑うかもしれない。地名に関しては、スコットランド以外の英語圏の国の人々でも正確に発音できないらしい。ある程度英語のヒアリングに自信がある人でも、現地の人との会話ではスコットランド特有の言い回しやアクセントの違いに戸惑うこともあるかもしれない。

また、地図読みの能力は相当高いレベルで要求される。

ルートの設定にはイギリス版の国土地理院の地図とも言えるOSマップを使用し構成していくことになるので、この地図にも慣れる必要がある。踏み跡が明瞭なトレイルやメジャーなトレイルは地図上で破線表記されているのでわかりやすいが、途中で途切れていたり、繋がっていない様なトレイルを、オフトレイルで繋いでいかなければならない。地形図上の等高線的には容易に見えたりするのだけれど、「ボグス(Bogs)」とよばれる、地面がかなり不整合な湿地帯があったり、地図には無い亀裂があったり、谷がある難所だったりする。こういったことは実際に現地で歩いてみないとわからないし、難所を数キロ場合によっては10km近く歩かなければいけないこともある。そういうルートでは歩く速度は極端に低下し、予定通りの距離を稼げないことも起こり得る。自分の場合は、出来るだけ過去のTGOの記録を記述したブログや記事を参照し、適切なルート構築を心がけた。

歩くルートは舗装路、未舗装の道、シングルトラックのトレイル、踏み跡のない湿地帯、オフトレイル、岩場、その他あらゆる地形とコンディションを想定しなければならない。実際、舗装路を延々と何キロにも渡って歩くのは足に負担がかかり辛いものがあった。5月とはいえ、準北極気候のスコットランド高地では残雪も多く見られるので、ルートによっては、チェーンスパイクやピッケルが必要なセクションもあるだろう。幸い、今回の自分のルートでは山岳地帯で残雪地帯の横断も数多く見られたが、ピッケルやクランポン、チェーンスパイクが必要なほどの難所はなかった。

その他、ルート設定にはOSマップ以外にもインターネット上のあらゆる情報源とリソースを駆使した。中でもGoogle Earthは最も役立つツールと言える。OSマップで作成したルートをGPX形式でエクスポートし、ネット上のコンバーターツールを使いKLM形式のファイルに変換し、Google Earthに読み込んで3Dの衛星マップで俯瞰するのは、ルートを把握する上でとても役に立った。

身体的能力に関しては、約300kmから350kmの道のりを最大2週間(14日間)で歩き通せるだけのウォーキング能力が要求される。

これは、1日最低でも約22km以上14日間を通して歩くことになる。設定するルートによっては高低差のかなりある地形を2週間毎日22-24km歩くことになるので、日頃から相当歩き慣れていないとかなり厳しいだろう。聞いたところ、リタイアの最大の原因は足にできるブリスターだという。気まぐれなスコットランドの空模様は雨が多く、渡渉や湿地帯も歩くため、足が濡れていわゆるソフトフットになりがちで、これが原因でブリスターが出来やすい。足を出来るだけドライに保つことが非常に重要だ。

そして、2週間に渡るキャンプ生活をマネージメントしなければならない。食料計画、ギアや衣類の適切な選択、その他バックパッキングのスキルが必要なことは言うまでもなく、リサプライポイントの選定、送付・受領手段も重要だ。この辺りの情報は、後述する。

タイムライン

タイムライン

<応募と全体のタイムライン概略>

TGOチャレンジの応募は、前年9月中旬より始まる。ここで重要なのは主催者とのコミュニケーションだ。前述した様に、用意された書類の読解、さらに主催者やルート審査員とのコミュニケーションはすべて英語で行われる。


9月

9月中旬より1ヶ月間に渡り、応募の受付が始まる。この応募関係書類のPDFはTGOチャレンジのホームページhttps://tgochallenge.co.uk/にてダウンロード可能。


10月

10月中旬に応募の締め切りおよび事前審査。参加希望者が規定より多い場合は抽選となる。


11月

事前審査をパスして参加が確定したら、エントリー費用の支払い、ルート・シートの作成に取りかかる。


12月

ルートの作成。


1月

以前に参加経験のあるチャレンジャーに関しては、1月中旬がルートシートの提出期限。


2月

初めての参加者は、2月の上旬がルート・シートの提出期限。


3月

上旬、提出したルート・シートの見直し期限。


4月

最終準備期間。ギアチェックや宿泊場所やリサプライ場所の確保等、イベントの最終的な詳細が主催者よりメールにて送付される。


5月

TGOの始まり。チャレンジャー各人が設定した西海岸のスタート地点へ赴き、決められたコントロールポイントでサインアウトし、アドベンチャーがスタートする。


プレビュー

いままで訪れたことも土地勘も全く無いスコットランドで、これまでのTGOに関わるブログやルート情報をできるだけチェックしてはみても、実際、地図とにらめっこするだけでは全くピンとこなかったので、2019年1月下見に行った。

まずは、スタートポイント。設定された14箇所のスタートポイントの中で最もアクセスが良いのはObanだ。Oban以外にもLochailortもスタート候補地点に目星をつけていたので、そこも訪れてみた。さらに、個人的に非常に興味のあったGelncoeや、ルート全体の核心部であるCairn Gorms National Park、そしてゴール地点の候補Abadeen、Stoneheaven、Montroseを訪れた。下見に行った1月は実際に歩く5月とは季節も天候も違うが、現地の大体の雰囲気と情報を入手するには十分な下見となった。

Oban Jan 2019

スタート地点の第一候補、スコットランド西海岸の小さな港町 Oban (オバン)。エジンバラやグラスゴーからのアクセスも良く、ホテルや飲食店も充実している。

lochailort_jan2019

もう一つのスタート地点候補、Lochailort。オバンとは打って変わって、近くには無人の駅とこのB&Bがあるのみ。前述のObanと比較するとなんとも寂しい雰囲気。

glen_finum

グレン・フィナム。Lochailortから西に暫く行った場所にある。るジャコバイトの蜂起が起こった場所として有名。美しい湖のほとりには、このジャコバイト蜂起のモニュメントが設置されている。また、道路を隔てた湖の反対側にはハリーポッターに登場した有名な高架橋がある。

stob dearg

Stob Dearg。Glencoe(グレンコー)の東、グレン・エティーブの北側に位置するアイコニックな山。この日は雲がかかっていてピークは見えなかったが、見る角度では三角錐の非常に美しいシェイプに見える。ここは必ず訪れようと決めた。ルート上では前半のハイライトとなるエリアだ。

Glen Etive

A82からグレン・エティーブ方面を望む。グレンコーにあるインフォメーションセンターでも強くお薦めされた。ここは是非ルートに取り入れたいと思った場所。

ben_nevis

ベン・ネビス。イギリス諸島の最高峰。

montrose

フィニッシュ地点の候補モントローズ。ここは21箇所あるフィニッシュ・ポイントの一つだが、最終的に他のフィニッシュポイントにたどり着いたチャレンジャーたちが最終的に集う場所である。他のフィニッシュポイントもいくつか見たが、この美しいサンセットを見て、最終的にここにたどり着きたいと思った。

Park Hotel Montrose

フィニッシュポイントのモントローズにあるホテル「パークホテル」。他のフィニッシュポイントにたどり着いたしたチャレンジャーもここに一堂に会し、ディナーパーティーが行われる場所。

実際の流れ

<申し込み>

2018年の9月中旬。TGOチャレンジ2019の申し込みが開始されたので、早速申し込んだ。申し込みに際しては、基本的な個人情報の他に、今までにどの様なバックパッキング経験があるかを記述する欄がある。2週間に渡るバックパッキング・トリップを現実的に行えるだけの経験があるかを問われることになる。

<抽選と参加承認>

2019年のTGOは40周年という節目に当たり、普段よりも多くの参加者が期待されたため、参加枠を従来よりも増やして400名の枠が設定された。それでも参加希望者の方が上回ったので、経験の考慮と抽選によって10月中旬に最終的に参加の承認が行われた。幸い、主催者はLOCUS GEARのことを知っていてくれて、とてもウェルカムだった。

10月下旬、参加費用65ポンドを支払う。

<ルートシート作成と承認>

11月上旬、参加費用を支払うと、ルート・シートを書き込むドキュメントが送られてくるので、実際のルートの設定に取り掛かる。

旅はプランニングしている時から始まると言われるが、全体の旅のスケジューリングとこのルートプランニングにはかなりの時間を割くことになった。ルートプランニングはそれなりに骨の折れる作業だが、それもまた楽しい。

自分の場合、初めての参加だったので、ルート・シートの提出期限は翌2019年の2月中旬となった。1月に実際スコットランドを訪れ、目星をつけたルートの下見ができたのはラッキーだった。

ルート・シートの提出後、ルートの審査プロセスが始まった。自分が設定したルートは概ね問題が無かったが、地図上に有るはずの橋が前年の嵐で崩壊し、通行不能だったり、山岳エリアの悪天候時の迂回ルートの設定にいくつかの不備があり、その部分の変更を行った。

この悪天候時の迂回ルートの設定には少々手間取った。いくつかの迂回ルートを地図上でピックアップしたのだが、その迂回ルート自体が悪天候時には通行を許可されないということが起こったのだ。そうなると、かなりの距離を戻って迂回しなければならず、元のルート自体の見直しも迫られることになる。実際過去の例を見ると、ケアンゴームズ国立公園は準北極気候の山岳地帯なので、天候が崩れると標高が低いとはいえかなりの風が吹く大荒れの状態となり、非常に危険だという。審査員との数回のやり取りの後、4回目の手直しでやっとルートの承認を得た。

このルートマップには4回の電話ポイントというのを設定しなければならない。これは主催者に、予め決めた日時に電話が繋がる場所から連絡を入れて、異常はないか、予定通り進んでいるかという報告をするためだ。スコットランドでは現地のSIMカードを使用したが、電波状況は日本と比べるとかなり悪く、携帯が繋がるポイントは非常に限定される。そのため、2回のリサプライポイント以外にも、携帯の繋がりそうな場所もしくは公衆電話がある場所を見つけて、設定しなければならなかった。

<リサプライ>

最大2週間におよぶ日程のため、全ての食料を運ぶことは困難なので、途中で食料や、その他必要なものをリサプライする必要がある。自分の場合は2回のリサプライポイントを設定した。これによって最大4-5日分の食料のパッキングで済む。

ルートの要となる様な地点には、TGOをバックアップしているB&Bやショップがあり、そこに予め連絡を入れて、補給物資を送って受け取れるかどうかを確認した上で送ることが可能だけれど、ルートによっては協賛者がいないところもある。場所によっては、ローカル・ポストオフィスに局留めで荷物を配送するという方法もある。その場合、そのポストオフィスの営業時間帯を確認し、その時間帯にうまく自分の予定を組み込む必要がある。遅れると翌日まで荷物を受け取れない可能性も出てくるし、土日や祝日は開いていないポストオフィスもあるので要注意だ。

補給物資の送付はロイヤル・メール(英国の郵便)を使用した。ガスキャニスターなど空輸不可能なものは現地で調達しなければならないので、スコットランド入りしてから、食料を含めて、現地で、郵便で送ることにした。自分の場合は、エジンバラ中央駅にある大きめの郵便局から送った。これは、物資を送るための段ボール箱なども売っているような郵便局でないと難しいだろうと判断したからだ。小さい郵便局は個人経営のコンビニのような店が兼業しているところが多く、対応が困難な場合もある。いずれにしても、リサプライポイントの設定は非常に重要なので、事前によく調べて対応することが大切だ。

リサプライする物資は主に食料と行動食と燃料だが、さらに経験者からのアドバイスを聞いて、「靴下」は多めに用意した。雨が多いスコットランドの気候と、湿地帯や渡渉が多いことから、多めの靴下は足をドライに保つ上で重要だった。

さらに、今回は地図を持たない、という作戦をとったため、全てiPhoneのGPSシステムに頼ることになり予備のバッテリーもリサプライに加えた。