5日目の朝を迎えた。この日は、今回のトリップでは初めての曇りがちな空だ。晴れている方が、それは気分が良いものだが、日中の日差しは容赦なく強い。ちょっと一休みという時にも、迷わず木の木陰に逃げ込む。なので、たまに曇ってくれると、それはそれでありがたい。
いつものように湯を沸かし、コーヒーを飲み、軽い朝食をとる。
今日の峠は、Mather Pass。ほぼ毎日のように標高が3,500~3,600mを越える峠があるが、5日目ともなるとだいぶ慣れてきて、日課のように難なくこなせる。JMTの素晴らしい景色を楽しみながら、ひたすら一歩づつ歩みを進め、気づいた時には峠のピークに立っていて、新たな地平の壮大な景観を眺めている。
夏の山岳地帯では、天気が午前中晴れていても午後から雲が出て雷雨となる事が多いという現象は、ここカリフォルニアのハイシエラでも当てはまる。そのため、JMTのようなルートを歩く場合でも、前日は峠の手前でキャンプし、翌日の午前中に標高の高い峠のエリアを越えておき、日が暮れる前に次の峠の手前でキャンプする、といったリズムが良いと気がついた。
Camp4からSouth Fork Kings Riverを渡渉し、Kings Riverの源流域に沿って標高を上げていく。この源流域の渓相も素晴らしく、フライフィッシャーにはたまらない。しかし、限られた日程の中では歩くことに集中しなければならないため、釣りに当てる時間はかなり限定され、今回もこのエリアでは竿を出すことはなかった。
やがてトレイルは、Upper Basinと呼ばれる広大なエリアに差し掛かる。”Basin”とは川の流域や盆地といった意味があるが、ここは扇状に広がる広大なSouth Fork Kings Riverの源流域だ。右手にはCardinal Mountain(4,083 m / 13,396 ft) 、Split Mountain(4,284 m / 14,058 ft)、Mount Bolton Brown(4,112 m / 13,491 ft )といった4,000mを越える山々、左手にはVennacher Needle(3960 m / 12995 ft)が峰を連ねている。正面にはこれから越えるMother Pass(3,688m / 12,100ft)が見える。壮大な景色だ。
Upper Basin
さらに標高を上げていくと、Mother Passが目の前に現れる。Mother Passへは、Upper Basinから右に回り込むようにしてすり鉢状の斜面をトラバースしていく。標高が3,600mを越えているため、いくつかの雪渓を横切ることになる。もう少し最短距離で直線的に登れそうにも見えるが、すり鉢状のお鉢の底にはかなりの雪が溜まっている。そのためか、トレイルはそこを大きく迂回するような形で、弧を描きながら斜面をゆっくりと標高を上げながら登っていく形となる。
最後の詰めを登り切ってMother Passの頂上にたどり着いた。Palisade Lakesの脇に聳える右手前のMiddle Palisadeから奥のNorth Palisadeまで、鋸の刃のように連なる急峻な、4,000m超級の峰々が連なっているいるのが見える。
Mother Passの頂上で暫し風景に見とれながら、小休止。トレイルはスイッチバックを繰り返しながらPalisade Lakesに向かって下降して行く。
Palisade Lakesの脇にそびえ立つ峰々の景観を前に何度も立ち止まってはこの稀有で壮大なビューを見上げ、改めてJMTの素晴らしさを実感するとともに、ここを訪れる事ができて本当に良かったと思う。
Palisade Lakesに向かって下降して行くトレイルを行くジェイソン。
トレイルは、Palisade Lakesの脇を縫うように進んで行く。Palisade Lakesを越えると湖を源泉とするPalisade Creekが形成する渓流沿いの渓谷となる。
高度を下げるに連れ、ずっと岩稜帯だったトレイルは樹林帯混じりになって来た。強い日差しの中、樹林帯の木陰はありがたい。
途中Deer Meadow と呼ばれるエリアに差し掛かると、名前の通り数頭の鹿に遭遇。
しばらく、このPalisade Creekの渓谷沿いに進み、その後、Middle Fork Kings Riverと合流。さらにトレイルはMiddle Fork Kings River沿いのGrouse Meadowsというエリアを進んで行く。
今日は渓谷沿いの下り基調のトレイルだったのと、明日は高低差1,000m以上の峠(Muir Pass)を越えなけれなならないので、出来るだけ距離を稼ぎたいと考え、日が暮れるまで歩き続けて適当なところでCamp 5とした。今日は歩行距離は約31km、19.2mile。
昨日は暗くなるまで歩き続けて、行き倒れキャンプとなった。
今朝はテントの中で、外に何やら動くものの気配で目が覚めた。もしや熊?。熊にしては気配も獣臭も希薄だったが、少し焦り気味に、そっとテントの外を覗くと目の前に鹿がいた。やれやれ、鹿でよかった。
コーヒーを淹れ、朝食を摂り、パッキングして6日目をスタート。昨日は幾分曇りがちで峠では雨もぱらついたが、今日は昨日と打って変わって良い天気で、気分も弾む。
Camp6から1kmほど歩くと、Le Conteと呼ばれる、レンジャー・ステーションのあるBishop Pass Trailとの分岐点のあるエリアに差し掛かる。このBishop Pass TrailはJMTをセクションハイクする人々にはポピュラーなトレイルで、シャトルもあるSouth Lakeに接続する。ここからJMTに出入りするハイカーは結構多い。
トレイルは、Middle Fork Kings River沿いのLe Conte Canyonと呼ばれる渓谷沿いに進んで行く。
Le Conte Canyon沿いに、Little Pete Meadow、Big Pete Meadowを越え、じわじわと標高を上げて行く。

晴れていると、日中の日差しは痛いほど強い。
しばらく行くと、地形の勾配が激しくなり、トレイルはいくつものスイッチバックで登って行く。この辺りから、川の流れはよりダイナミックになって行く。
Le Conte Canyon

Le Conte Canyon
今年のJMTの特色は、積雪が多かった事から雪解けが遅くまで続いたため、他の多くのハイカーからも聞かれたが、この時期にしては本来は季節外れの花が多く見られる事だった。
トレイルはジワジワと標高を上げていき、大小いくつかの湖を経て、Middle Fork Kings Riverのほぼ源流域に到達する。

Unknown Lake

Middle Fork Kings River 源流域
トレイルからは、Black Giantと呼ばれる主稜を持つ、印象的なBlack Divideという屏風のような岩稜が見え始める。
Black Divideを過ぎると、右手にHelen Lakeが見えてくる。この辺りは標高が3,500mを超え、随所に雪渓が見られるが、どれも縦断するにあたっては容易で、アイスアックスやクランポンに頼らずに済んだ。
さらに標高を上げて行き、最後の雪渓を直登すると、あの有名な石造りのMuir Pass Hutにたどり着く。
今日の天王山、Muir Pass( 3,644 m=11,955 ft)に辿り着き、暫し小休止。
Muir HutはJMTを象徴するようなモニュメントなので、訳もなく感慨深い。行くさきを見渡すと、Wanda LakeのあるEvolution Basinと遠くに聳えるMt. McGeeが圧巻の景色だ。
南東方向にグレーの厚い雲が張り出して来ている。時折、遠雷も聞こえるようになって来た。
雲と遠雷が迫って来たので、先を急ぐことにした。この一帯はEvolution regionと呼ばれ、Evolution BasinからEvolution Valleyへと続く。まず、右手にLake McDermand、次に左手にWanda Lakeを過ぎ、このEvolution regionのGrandfatherと呼ばれるMount Darwin、Mount Mendelが見えて来た。このEvolution regionは今回の旅のハイライトとも言えるダイナミックな景観だ。
しばらく歩いたところで、日が暮れる前にCamp 6を設定。長い1日だった。
サーマル・ベースレイヤー
夏のハイ・シエラは昼夜の気温の差が激しい。日中は太陽の日差しが強く容赦ないが、標高が高いところでは日が落ちると気温は一気に下がり、明け方には0℃くらいまで冷え込むこともある。行動時はパタゴニアのキャプリーンと呼ばれる薄手の化繊のベースレイヤーを着用しているが、今回のトリップでは、夜は同じく、パタゴニアのポーラテック・パワー・グリッドを採用した厚手のサーマル・ウエイトのロングスリーブとボトムに着替えて寝ることにした。
今回のように1週間以上にわたる長いハイキング・トリップでは、十分な睡眠による体力の回復がとても重要だ。ハイキング中も一日の3分の1は寝ている訳だから、その時間を快適に過ごすためのギアとしては、このサーマル・ベースレイヤーの果たす役割は非常に大きいと感じた。
普段のオーバーナイトや短期間のハイクではパッキング重量を増やしたくないので、就寝時に着替えたりすることはないのだが、寝袋のスペックと重さのバランス、就寝時の快適さを考慮して、今回初めて採用して見たが、結果はすこぶる快適だった。パッキングの軽量化は大きなファクターだが、上下合わせて260gで賄える快適さも捨てがたい。
Muir Passで迫って来た雨雲と雷は、予想通り夜半にこのCamp6に風と雨をもたらした。時折吹く突風と、小粒ながら雹が混じった雨は一時的にかなり激しくなり、シェルターを不気味に揺さぶった。Khufu HBは、軽量化の為に10Dという極薄のリップストップナイロンを採用しているが、ピラミッドシェイプの持つ耐候性の良さと相まって、しっかりとペグダウンさえしてあれば、森林限界を越えた山岳地帯におけるこのような状況においても全く問題は無い。
Khufu HB in the rain at Camp6